⽇本アカデメイア事務局
公益財団法⼈ ⽇本⽣産性本部

第1グループ【日本力研究】

第1部:長期ビジョン研究会・グループ報告発表会

2015年2月5日(木)に開催された日本アカデメイア主催「アカデメイア・フォーラム」。
経済界・労働界・学界・官僚・政治家といった組織の枠を越えて有志が集い、2030年を見据えた日本の長期ビジョンについて「日本力」「国際問題」「価値創造経済」「社会構造」「統治構造」をテーマにした5つの研究会が重ねてきた議論の成果を発表。その後、アカデメイアのメンバーによる問題提起を受けて会場に集まった参加者たちが闊達な意見交流が行なわれ、全体を通じて将来の日本を担う若者たちへのメッセージが随所に散りばめられた会合になりました。

以下はその一部、日本力研究グループによる発表です。


登壇者の中から福川伸次共同座長(地球産業文化研究所顧問・東洋大学理事長)から冒頭発表が行われます。

まずこのグループに出された3つの問いを紹介します。

  1. 日本はどういう国なのか?(強み、弱み、魅力-歴史的、文化的、経済的、ブランド、技術、文化-現状認識)
  2. 日本にはどのような国になれる可能性があるのか?(潜在力、方向性)
  3. 日本のブランディング戦略、発信力、世界に向けたアジェンダセッティングをどうするのか?(戦略、具体論)

これを踏まえまして、われわれの問題意識を確認してみます。

第一に、動揺する国際情勢や深刻化する日本の構造問題を前に、次の世代が生き抜く力を高め、その選択の自由を最大にする社会を目指すべきではないのか。
第二に、日本が持つ政治経済、社会、文化をめぐる特質を評価して、その総合力を探ろうではないか。
そして、定量的に表される要素、定性的な要素、その総合力として日本力を捉える必要がある。

目指すべき日本力を定義する前に、われわれの視座を明確にしておきましょう。ひとつは、人口減少や財政構造など、世代を超える諸課題について、その解決の道を探るべきであろうという考えです。続いて、世界が苦悩する人類共通の諸課題の解決に貢献したいという希望。また、文化的特質、特にソフト・パワーを重視すべきだと考えます。
そして世代を超えるこれらの困難な課題には「現在世代が身を切る」覚悟が必要であるということです。

ここで、われわれ日本が目指すべき社会像を挙げましょう。
ひとつは経済の側面ですが、少子高齢化等の影響で市場が縮小し技術革新も停滞しています。エネルギー・環境のリスクもますます高まる中にあって、成長を持続すべく活発にイノベーションが行われている日本経済の姿を期待しています。
ふたつ目は、将来世代の選択を最大にするための未来志向で真摯な日本政治です。グローバル・ガバナンスの安定性とグローバルリスクの極小化に貢献する国。男性も女性も、高齢者も若年層も健康を保ち、信頼と道徳が高く各自の価値と能力を発揮できる国。有形無形の文化を大切にしながら、高度技術と豊かな感性を活かした文化を創造する国(が目指すべき社会像です)。

これを集約して、日本が目指すべきは「人間価値重視の社会」である、とわれわれは定義します。
そこでは、人間が求める高い価値が社会を高度化し、人間の持つ高い知力と想像力が社会のフロンティアを拡大させます。健康と自然環境が豊かな生活を実現させ、勤勉・誠実・規律・礼節・信頼・正確・安全・自然尊重といった種々の価値観が人間の価値を充実させるでしょう。ヒューマニズムが何よりも尊重され、最近生まれた「新しい公共」という概念も、積極的に活用されるはずです。

この「人間価値重視の社会」実現に際し、日本が直面する課題があります。
ひとつは人口構造の変化です。人口減少、出生率の低下、さらには高齢化の進行に伴い、成長力が低下する、あるいは地方が停滞することが問題になってきます。
次が財政構造問題です。2015年度の予算規模は96兆3420億円で、かなり構造は改善されていますが、2015年度末の長期債務残高は1035兆円で、これはGDPの約2倍です。この数字は他国、ギリシャやイタリアに比べてもひどいものです。

財政に関連して社会保障の増大も大きな問題です。昨今うなぎのぼりに社会保障費用は伸びています。2025年までの将来を展望しますと、とりわけ医療の社会保障費用が拡大すると予測されており、受益と負担についての国民的な議論が必要になるでしょう。
イノベーション力と産業力の停滞にも目を向けねばならないでしょう。IMDの国際競争力比較では、日本は20位前後に低迷しています。成長予測につきまして、OECDの予測では将来のGDPの比率で日本はかなり下がってしまうようです。イノベーション力の低下、特にサービス産業の生産性の向上、また教育力の低下も課題であり、特に海外への留学意欲が減退しているということを指摘しておきます。 そこで、この「包摂しつつ決められるデモクラシー」を確立するための、5つの分野に関する提言をしていきたいと思います。

4つめの課題が、弱い海外発信力です。特に日本の国際貢献への提案、そしてまた日本の社会が持つ特質の発信という面が弱いようです。
最後に、グローバルリスクの拡大にも触れておきます。グローバル・ガバナンスが不安定になり、セキュリティリスクも増大しています。そして市場リスク、エネルギーリスクの高まりや地球温暖化も避けては通れないでしょう。
しかし、日本にとって、グローバリズムは存立の基礎であり、グローバリズムの定着化とグローバルリスクの極小化に主要国とともに積極的に貢献しなければなりません。

われわれが直面するこれらの課題を解決し「人間価値重視の社会」を実現する、すなわち日本力を高めるための行動計画を提言として発表します。

【1】人口問題の解決
・社会的背景の分析を前提に、できるところから早急に着手。
・子育ての家計費負担の軽減と保育環境の整備。
・育児休暇など女性の就業環境の改善。
・高齢者の就業選択と社会参加の多様化。
・日本で共生しようとする意欲のある外国人の受け入れ環境整備の検討。
これら5つの事柄について、速やかに行動しなければなりません。

【2】社会保障制度の抜本改革
持続的で他国のモデルになるような制度を実現すべく、特に日常生活圏単位での健康管理体制を築き、街の再設計をしていきます。
具体的には住宅医療、在宅介護を見直し、新しい仕組みを考え、健康寿命を伸ばす予防医療を充実させていきます。
同時に、これから発足するマイナンバー制度を活用して社会保障費の徴収と支出の適正化を図るとともに、医療介護の支出、および相互の連携の効率を向上させていきます。また、ICTを活用した社会保障制度の広範な新システム作りにも着手すべきです。

【3】財政の持続力の回復
国税・地方税・社会保障費を一元的に徴収する歳入庁の導入を提案します。社会保障とのバランスをとりながら、一定程度の消費税の引き上げも必要であり、法人税率の引き下げも成長力の持続のためには行わねばなりません。

【4】イノベーションの推進
これは第3グループ(価値創造経済モデルの構築研究)でも提言されていましたが、特にこれからはデファクトスタンダードに対してデジュールスタンダードをめぐる競争が起こるとしたら、その力をもっと蓄えるべきでしょう。それには情報システム(ICT)を使った市場先導型イノベーションの充実、中堅・中小・ベンチャーの活性化が必要になります。また、世界の知的な労働者が集まる環境を整備して、世界のサイエンスの集積地・日本を目指します。

【5】地域社会の創成
これは現在の安倍内閣も取り組んでいるようですが、ぜひ推進をすべきだとここでは強調したいです。地方の創発、人材の投入、ICTの活用など、やるべきことは多岐にわたります。具体的には、一人複役が可能となるような官僚制にするということです。

【6】文化の振興による日本の魅力の高揚
これからますます日本が国の魅力を高めていくことが重要になってくるでしょう。伝統的な文化の保存・充実と、新しい文化表現の開発を奨励し、2020年のオリンピックを目処に、国際的な文化イベントを充実させたいと考えています。

【7】日本力の基礎となる教育の充実
第4グループ(社会構造研究)で提言されたことと同じことではありますが、特にここでは小中学校・高校・大学の改革を行うと同時に、大学入試の改革、特に記憶中心のものから思考能力重視の方向へ改革すべきである、と主張しておきたいです。また、世界で活躍するニューエリートの育成にも注力しなければいけません。

【8】対外発信力の強化
これには第2グループ(国際問題研究)に指摘していただいた通りなので、ここでは省略します。

【9】地球温暖化の解決
今年の12月にパリでCOP21が開かれます。そこで国際的な合意を目指すことが必要であり、その背景としてエネルギー政策、特に将来の最適適合を視野に入れたエネルギーミックスを考えるべきでしょう。
新エネルギー開発も重要ですが、一定程度の原子力の維持も必要だというのがわれわれの意見です。もちろん、省エネルギー構造も同時に推進していかねばならのは言うまでもないことです。

最後に、行動計画の実践に向けていくつか申し上げたいことがあります。
政治の停滞が叫ばれて久しい現代の日本。ジェフリー・サックス氏が「先の見えない変革の中で政治に幻滅し、傍観することがあっては大変危険だ」と指摘する通り、われわれ日本アカデメイアとしても政策領域における政治・行政・民間による協力関係を構築のために、現代世代が身を切る決断をし、努力を続けていかねばなりません。
また、人口減少社会において日本力が発揮されるための条件は、人間価値を高めながらイノベーション力豊かな質の高い社会を実現することだと思います。 そして、それに成功すれば、課題解決先進モデル国として日本の力を世界に向けて提供できると考えています。


冒頭発表はここで終了し、続いて登壇していたグループの中から数名のメンバーが発表に関してコメントしていきます。

岡村正共同座長(東芝相談役)

「日本の持つ力とは何かと問われたら、私は『高い科学技術力と長い歴史の中で発達してきた日本文化』であると答えます。日本の科学技術力は労働人口の70%を占める中小企業に支えられている事実を認識した上で、現在直面しているエネルギー問題や環境問題を解決して、世界をリードしていきたいと思います。また、文化芸術の発展とともに培われてきた、日本人の和の精神もまた、日本人の誇るべき資質であると考えています。これら日本力を積極的に対外発信して、他国から信頼され尊敬される国になる。そのような国家像を作るように目指したいと思っております。」

曽根泰教主査(慶応義塾大学教授)

「日本力は3つの側面で分けて考えることができます。ひとつは既に持っている日本の力。過去もあったし、今も持ち続けている力のことです。それだけで全ての問題を解決できるとは思いません。2つめが、潜在的な日本力。もともと秘められていたものの、上手く活用されていない力です。それを活用し、あるいは発揮できるように制度や思考を組み替えることが重要です。3つめの日本力こそが、今回われわれが提起している、先進課題を先進モデルで解決する、これから獲得しなければいけない力なのです。」

小林慶一郎メンバー(慶応義塾大学教授)

「発表の終盤で登場した「現在世代が身を切る」決断をするという言葉の意味は、見返りのない犠牲を払うことでよい国を将来に残すということです。そのためには功利主義的に自分の利益だけを考えていていけません。そして、身を切る決断をするためには、国家や社会に関する何らかの理想・ビジョンをそれぞれが持つことが求められます。」

遠山敦子メンバー(トヨタ財団理事長)

「提言はいくつもありましたが、最初の3つ(人口問題・社会保障問題・財政力の回復)は負をできるだけ0にしていくための提言です。私はその後の3つ(イノベーションの推進・文化の振興・教育の充実)がとても大切だと思っています。これらは将来に向けてプラスになるための施策です。マイナスを0にすると同時にプラスを生み出す行動を同時に起こさないといけないのですが、国の予算の配分を見ますと、必ずしもその通りではない様子です。ただでさえ少ない教育・文化振興の予算を削りながら社会保障に毎年1兆円が投入されています。それを考えるとやはり、政界・財界・学界・文化界の中で、本当に社会をよくする意識に燃えたリーダーを育てていく必要があるでしょう。」

越村敏昭メンバー(東京急行電鉄取締役会長)

「われわれ現代世代が身を切らなければいけないという提言について、では過去に日本が身を切る決断をしたことがあっただろうか、と考えてみましょう。明治維新もそうだったかもしれない。戦後間もない時代も身を切る改革が行なわれたはずです。いずれの時代も大変な国難の中で問題解決力、いわゆる日本力をわれわれ日本人は発揮してきました。そして、現在は敗戦以来、第三の国難と捉えることができます。政界・官界、そして民間からも、多くの人々に今が第三の国難であると理解してもらえれば、身を切る改革をスピードアップさせることができるのではないでしょうか」


日本力研究グループの発表は以上で終了です。
これで全ての研究グループの報告が終わり、アカデメイア・フォーラムは「第二部:総論〜日本アカデメイア、われわれのメッセージ〜」に続きます。