⽇本アカデメイア事務局
公益財団法⼈ ⽇本⽣産性本部
国際問題研究
国際問題研究
第2グループ【国際問題研究】
第1部:長期ビジョン研究会・グループ報告発表会
2015年2月5日(木)に開催された日本アカデメイア主催「アカデメイア・フォーラム」。
経済界・労働界・学界・官僚・政治家といった組織の枠を越えて有志が集い、2030年を見据えた日本の長期ビジョンについて「日本力」「国際問題」「価値創造経済」「社会構造」「統治構造」をテーマにした5つの研究会が重ねてきた議論の成果を発表。その後、アカデメイアのメンバーによる問題提起を受けて会場に集まった参加者たちが闊達な意見交流が行なわれ、全体を通じて将来の日本を担う若者たちへのメッセージが随所に散りばめられた会合になりました。
以下はその一部、国際問題研究グループによる発表です。
まずは登壇者を代表して信田智人主査(国際大学研究所教授)から研究成果が発表されました。
発表のテーマは、私たちが目指す国際秩序を「多元的で開かれたもの」だと定義し、その実現に向けて行動をする日本についての提言です。
グループごとに投げかけられる「3つの問い」。国際問題研究グループが提示したのは、
- 日本がグローバル社会でどのような国家を目指すのか、そしてその目的意識をどうやって世界に知らしめていくのか。
- 東アジア地域において安定と協力関係の強化のために日本はどのような役割を果たすべきか。
- 安全保障において日米同盟の将来像をどう考えるか。
という3点です。その上で2030年、15年後の世界に向けて目指す社会の姿を提示します。
アメリカによる一極構造が弱まると同時に、多極化に向かっていく国際社会で、様々な不安定な部分が出てくることが予想されます。例えば過激派組織「イスラム国」のように特定の宗教理念を持ったグループが国家形成を主張するという事態も国際秩序の過渡期においては発生しています。世界全体が不安定な状態になってきている中、東アジアは比較的安定していると言えるのかもしれませんが、それでも中国、朝鮮半島、東南アジアにおいては不安定さが見受けられます。そこで東アジア、ひいては国際社会に安定性を提供することこそが日本の大きな役割なのだとわれわれは考えています。
アメリカと協力し、オーストラリア、インド、ASEANと連携を深めながら、中国との協力態勢も模索する...これは英語で「エンゲージメント」すなわち関与政策などと言われるものですが、つまり中国に責任あるステークホルダーになってもらう形で普遍的価値を共有すること。すなわち「開かれた多元的国際秩序」作りを目指すべきなのです。
ここで2030年の東アジアがどうなるのか、という予測についてお話したいと思います。
まずはアメリカの相対的地位・影響力が低下する中、アメリカは世界の警察といった役割をやめて、地域安定のためのバランサーになるのではないかと予想されます。そこでこれから15年の間、アメリカがどの程度まで東アジアにコミットするのか、その度合によって世界の様相は大きく変わってくるでしょう。そしてその中で日本をはじめ、同盟国の役割は拡大していくものと思われます。
そしてもうひとつの大きな要素が中国の経済的、政治的な安定。2020年代に中国の経済成長が鈍化すると言われていますが、それがソフトランディングするのか、もしくはハードランディングに突入するのか、ということに大きく左右されると思います。中国国内を見ましてもさらなる格差の広がり、社会不安、あるいは民主化に向かっていくという可能性もあり、どのような変化が中国に起こっていくのかによっても東アジアの国際秩序は大きく変わっていくでしょう。
それを踏まえた上で国際社会に起こるシナリオが変わります。
アメリカと中国の相対的な影響力の強さと、日本の影響力の強さに応じて4つパターンに分かれます。
1. 日本が弱くて相対的に中国が強くなれば、中国中心の国際地域秩序に向かう。
2. 日本が弱くてアメリカが強い場合、日本が地域秩序の中で埋没していく状態に。
この2つの事態を避けるために、日本としては自らの国力を高め、国際社会における影響力を強めていかなければなりません。
3. 日本が強くてアメリカが弱い、中国が強いという場合に起こることは、勢力均衡秩序、日米同盟対中国、すなわち新冷戦構造に。
4. 日本が強くてアメリカも強い場合、単に日本が強くなるだけではなくて、日本が同盟国として役割を分担することによってアメリカも地域に対してコミットできる状態。
4.のケースにおいてこそ多元的国際秩序を築けるものだと考えています。
そしてこのシナリオ、すなわち「開かれた多元的国際秩序」実現のための提言は6つあります。
【1】東アジア地域に安定を提供する日本
多元的国際秩序の構築段階において日本が目指すのは「頼りになる日本」。積極的にいろいろなルール形成に参加するために経済界、学界、労働組合、市民社会などで広範なネットワークを組織し、ルール形成を国際規模で推進するといった努力が必要になると思います。
【2】重層的な安全保障体制
危機が起こった有事の対応については同盟・準同盟といったネットワークが作用します。平時においては地域安全保障対話を、中国、ロシアを含めた全メンバーで東アジア安全保障機構のようなものを形成していって進めていくべきでしょう。その中間的な危機的状況に対しましては、問題別の協力態勢をいろいろ築いていくべきだと考えます。例えば災害、疫病、海洋事故、海賊など、問題別に対応していくネットワークを作っていく、ということです。
【3】柔軟な価値観外交
法の支配、人権、民主主義、環境などの普遍的価値を地域で広めていくための「日本流の価値観外交」、特にファシリテーターとしての役割が日本に特に求められるのではないでしょうか。押し付けの価値観外交ではなく、各国の歴史・文化・発展段階などに配慮し、人権と民主化を辛抱強く待つ態度によって日本が独自のファシリテーターとなっていけるのではないでしょうか。
【4】グローバルイシューに貢献
食糧・水・エネルギー・資源・環境、さらに医療・福祉・介護といったグローバルイシューに対して日本は課題先進国だと言われています。事前に日本で解決されたこれらの諸問題に対して、日本はモデル国として貢献すべきなのです。
【5】知的交流と歴史教育の充実
文化・社会・歴史面で他国との間に誤解が生じています。これについては知的交流を通じて緩和していくべきだと考えます。また、日本において歴史問題のコンセンサスというものを何らかの形で作る必要があるのではないでしょうか。他国に歴史問題などを指摘されたときに日本の国論が分かれてしまう問題は看過しがたく、対応をいつまでも先延ばしにするのではなく、何らかの形でコンセンサスを作りたいところです。具体的には歴史について政府見解を整理すること、歴史的資料をアーカイブすることでありましょう。また、大学入試センター試験で日本史というものが必修でなくなっている現在、特に日本の近現代史について歴史教育を充実させることは重要なのではないでしょうか。
【6】世界に向けた発信強化
これは日本が他の国に比べてかなり遅れている部分です。ただし適切な人的および財政的資源を配分することによって、比較的簡単に解決できる部分もあります。例えばシンクタンクの充実、日本版チャタムハウス(イギリスの権威ある国際問題に関するフォーラム)の設立、さらには日本語を勉強する人への教育支援なども行わねばなりません。そして、それには優れた放送コンテンツの発信というものが必要になるでしょう。また、現状の日本政府で広報担当のキャリアトラックというものができていない点も問題です。ニューヨーク、ロンドン、パリ、シンガポールなどの大都市に、10年単位の長期的スパンで、日本の代表として広報担当者を配置する、といった施策が必要でしょう。
信田主査からの報告はここで終了し、続いて登壇していた国際問題研究メンバーの中から数名が発言しました。
岡素之メンバー(住友商事相談役)
「世界に向けた発信強化、について追加の説明をさせていただきたいのですが、日本の世界に対する発信は相当に少ないと認識しています。多様な発信の仕方がありますが、特に放送コンテンツを継続的に発信していくことが有効であると考えております。しかし、残念ながらこの放送のコンテンツによる海外発信については、国家としての戦略が足りないのではないでしょうか。民間に任せればいいという考えもありますが、単品あるいはスポットで行われることはあっても継続的・戦略的に行われているケースはほとんどありません。特にこの10年間を見ますと、お隣の韓国が韓流ブームを起こして、日本のみならず東南アジアで大変な影響を及ぼしています。国をしっかりと理解してもらい関心・好感度を高めてもらうために(放送コンテンツは)大変有効である上、経済的効果も大いに期待できると思っております。日本にはたくさんの素晴らしいコンテンツがあります。問題は単発で、継続的でないということが問題なのです。ぜひ戦略的にこの放送コンテンツを使って海外発信を強化して、世界中の人々に日本を理解してもらい、日本を好きになってもらう必要があると感じています。」
奥正之メンバー(三井住友フィナンシャルグループ取締役会長)
「これからの日本外交・国際情勢を考えていく上で『価値観の共有』が重要なキーになっていくものと思っております。振り返れば1989年のベルリンの壁の崩壊、天安門事件以来、いわゆる資本主義的な価値観が世界に広がるだろうと考えられていましたが、その後、必ずしもその通りにはなっていません。そして、中国が現状から急速に民主化の道を辿るとは、当事者たる中国人の大半も思っていないようです。しかし、われわれがやるべきは人類共通の価値観というものを、経済活動やその他の活動を通じてしっかりと共有させていく努力です。東アジア、さらには欧州も含めた世界秩序の安定のためには、この努力を続けていく必要があるでしょう。私どもは外交の専門家ではありませんが、この研究を通じて価値観の共有に向かって一歩一歩、持続的な活動を続けていかなければならない、と改めて感じた次第です。」
池内恵メンバー(東京大学先端科学技術研究センター准教授)
「私から特に強調して申し上げたいのは、日本が目指すべき社会という点です。『普遍的価値を共有する開かれた多元的国際秩序』というのは非常にわかりにくいかもしれませんが、ここにはわれわれの示す理念がギリギリのバランスで示されているのではないかと思っております。つまり、あくまでも日本は欧米ではないという事実と、それと同時に日本がこれまで築いてきたものはやはり欧米の近代を日本が受容した上にあるものだ、という事実の上で、『欧米追従はもう古い、バスに乗り遅れるな』と言って国策を誤ったあの時代に戻ることが日本の将来ではないということです。また、多元的な国際秩序に世界が移行しようとしている状況で、日本という国が『多元的』という言葉の意味を取り違え『強いものが勝つ、長いものに巻かれよ』という誤解が生まれやすい社会であるということを、近年痛感しております。多元的な国際秩序というのは強いものが何でも取るような世界では断じてありません。これらのことをわかりやすい言葉で示したのが、今回の報告であったと思います。」
以上で国際問題グループの報告は終了です。