⽇本アカデメイア事務局
公益財団法⼈ ⽇本⽣産性本部

■まず経済の回復を

いまわたしたちの直面している問題は、地球環境問題、人口問題、あるいは国家財政の危機など、経済社会を取り巻くシステムそのものの持続可能性を問うような大きな構造変化である。 そのような問題意識に立脚し、日本が抱える課題を時間軸によって整理すると、短期はなんといっても、経済の回復基調をしっかりと根づかせることである。アベノミクスの3本の矢のなかで、少なくとも現時点においては、金融政策・財政政策が功を奏し、経済回復は雇用にまで及んでいる。あとはその金融政策・財政政策の前提となる財政改革をきちんとすすめられるかどうかである。

■2020年を見据えて社会保障制度改革、雇用改革、人口改革を

interview_4-1.jpgつぎに東京オリンピックが開催される2020年ごろまでの中期を見据えると、最も大きなテーマとなるのは、高齢化への備えをいかに速やかに本格化させるかということだろう。ここで鍵を握るのが、「社会保障制度改革」「雇用改革」「人口改革」の三つの改革である。
第一の社会保障制度改革については、昨年、社会保障制度改革国民会議の報告書が取りまとめられ、いわゆる「社会保障改革プログラム法」が成立した。今後はそれを着実に推しすすめなければならないが、なかでも緊急課題として最重点を置くべき分野が、第三の「人口改革」とも絡む、子ども・子育て支援である。あわせて、団塊世代が75歳以上の後期高齢者となり、医療や介護の需要が増大する2020年ごろまでに、医療や介護の提供体制を抜本的に見直すことが不可欠となる。
第二の雇用改革については、早急に65歳定年制を定着させるべきだろう。2025年には、報酬比例部分も含めて厚生年金の支給開始年齢が65歳に引き上げられることを踏まえると、遅くともそれまでに、雇用と年金の接続が図られていなければならない。まずは65歳定年制を確立し、さらに団塊世代を先導に70歳までの就労雇用を促進していかなければ、寿命が長く、高齢人口比率が世界一高い日本は、社会を維持することはできない。
第三の人口改革については、長期の課題と連動するが、団塊ジュニアが出産可能年齢である向こう数年間が、人口減少に歯止めをかけるラスト・チャンスと考えるべきだ。子ども・子育て支援と同時に、ワーク・ライフ・バランスを強力にすすめていかなければいけない。また、介護・医療(看護)や、女性の社会進出を進める上で助っ人となる家事・育児ヘルパーなども大幅に増員しなくてはならない。こうした分野から外国人労働者の受け入れ拡大も検討し、政労使の合意形成を図っていくことも必要だろう。

■長期課題は人口回復と付加価値生産性の向上に尽きる

interview_4-2.jpgさらに、2030年ごろまでの長期を見据えると、やるべきことは日本の人口を回復すること、付加価値生産性を高めること、この二つの政策に尽きると言ってよい。前者については上述の人口改革をさらに加速化させることである。
後者を実現するための方法は、ひとつは言うまでもなく教育である。大学には、変化の激しい時代にあって、新しい状況を自分の頭で理解し、その理解にもとづいて問題を解決することができる、要は自らものごとを考えられる人材を育成することが要請されている。また、グローバル社会では、異なる言語や文化的背景を持つ人たちと仕事や生活をする力が大切になる。海外留学等を含めあらゆる機会を活用し、そのための基礎能力を身につけてもらいたい。
他方で、OECDの国際成人力調査が示すように、日本の成人力が非常に高い要因の一つとして見落としてはならないのが、充実した企業内の教育訓練である。まさに労使が一体となり、人材育成に取り組んできたことが大きく寄与している。手塩にかけて人材を育成することでしか、付加価値生産性を高めることはできないということを企業は再認識し、教育訓練をより強化すること、人的資本投資の前提となる長期雇用制度を維持することが重要である。

■求められる「奴雁の視点」「実学の精神」「公智の精神」

interview_4-3.jpgところで、このような改革に向き合うためには、そもそも社会において失われつつある〝信頼〟の醸成を図っていかなければならない。かつて福澤諭吉は、
『society』という言葉に『人間(じんかん)交際』という訳語をあてた。同質の人の間で以心伝心でもってわかり合おうという依存する関係ではなく、独立自尊の、自由で独立した個人が対等な関係を結び、お互いに高め合うなかから、真の信頼を構築していくことだ。
いまわたしたちに求められていることを福澤諭吉の言葉を借りて言うならば、「奴雁(雁の群れが餌をついばんでいるときに、一羽首を高く揚げて難に備える役をするもの)の視点」で将来を展望し、そのために「実学(事物の真の姿を実証的な学問によって理解し、それを深め、また活用していく)の精神」で現状を冷静に分析し、将来のためになにが最も良いかということを、「公智(物事の軽重大小をきちんと見極め適切な判断を下す)の精神」で選択していくことではないか。(談)

肩書きはインタビュー当時 文責:事務局 


清家篤さんは、日本アカデメイアの長期ビジョン研究会「社会構造研究」グループで共同座長をお務めいただいています。
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役職は当時のものです。