第5グループ【統治構造研究】

第1部:長期ビジョン研究会・グループ報告発表会

2015年2月5日(木)に開催された日本アカデメイア主催「アカデメイア・フォーラム」。
経済界・労働界・学界・官僚・政治家といった組織の枠を越えて有志が集い、2030年を見据えた日本の長期ビジョンについて「日本力」「国際問題」「価値創造経済」「社会構造」「統治構造」をテーマにした5つの研究会が重ねてきた議論の成果を発表。その後、アカデメイアのメンバーによる問題提起を受けて会場に集まった参加者たちが闊達な意見交流が行なわれ、全体を通じて将来の日本を担う若者たちへのメッセージが随所に散りばめられた会合になりました。

以下はその一部、統治構造研究グループによる発表です。


まずは登壇者を代表して飯尾潤主査(政策研究大学院大学教授)から研究成果が発表されました。

最初は、われわれに出された3つの問いのご紹介です。

1. どうすれば、政治のトップがよりよい決断に至ることができるのだろうか。(最高指導者・権力中枢の作動条件)

2. どうすれば、国家の方向性について、適切かつ迅速な決定ができるのだろうか。(国家意思確定過程の合理化)

3. どうすれば、政府と民間の間で、必要な情報・知識・知恵が交換できるのだろうか。(政府と民間との間の知恵と人材の交流)

という3つの問いを起点に、2年間にわたって議論してまいりました。

この問いかけに対する答えを出すにあたって大切なことは、デモクラシー全体を再構築するということではないでしょうか。
部分的な制度はいろいろありますが、全体として、デモクラシーとは有権者が責任を負うものであり、お店で何気なく商品を買うように政治家を選ぶわけにはいきません。自分自身が一定の負担をしなければうまく回らないという意味で、観客デモクラシーからの脱却を図らねばならないのです。
それを具体的な制度に落としていくために大切なのは、政治を自分のことだと思って向かい合うことができる、責任ある有権者の存在です。同時に、そのような有権者に対してしっかりと説得できる政治家も必要になるでしょう。これは、有権者の要求をそっくりそのまま受け取る政治・政治家はいけないということです。
ただし、政治家だけにそれを要求してもなかなか難しいでしょう。政治家が立派な演説をすればみんなが納得するというわけにはいきません。そうである以上、日頃から両者が意見交換できる場所・機会が必要になります。政治の組織化・制度化を進めてその能力を向上させていかねばなりません。立派な政治家がひとりだけ出てきて行動するのではなく、日常的に有権者と政治家が意思疎通できることが大切なのです。
ただし、デモクラシーは以上のようなあるべき姿の有権者と政治家がいるだけでは充分ではないのです。その輪の中だけでは済まない問題も現実にあって、そんな時は輪の外から知恵や知識を持ち寄る必要があります。その意味で、権力と知恵の分離、そしてそれを補うための長期的な視野も求められるのです。

これらを踏まえて紹介するのは、「包摂しつつ決められるデモクラシー」という考え方です。つまり、政治的に物事を決める際、物事がわれわれの意見で決まったのだということを有権者が思わなければ実現できないということです。いろいろな意見を取り入れるという意味での包摂がないと、政治は非常に薄いものになってしまうでしょう。
そこで、この「包摂しつつ決められるデモクラシー」を確立するための、5つの分野に関する提言をしていきたいと思います。

【1】機動的な政府に向けた行政改革
第一には行政改革です。今も進んでいるとは聞いていますが、ともかく内閣府と内閣官房の整理をしていかねばなりません。あらゆる権限・仕事が総理の手にある状態ではなく、それぞれを少しずつ各省庁が処理できるような仕組み作りが重要であると考えています。
また、橋本行革以来各省庁の体制は確立していますが、ある程度の分担体制を考慮する時期にきているのではないでしょうか。組織が大きくなりすぎて回らない現状に鑑み、役割を時代の要請に応じて変えていくとことが大切です。ここでいう分担体制の再調整の趣旨は、再び橋本行革クラスの大規模変更をしようということではありません。
また、政治主導によって首相および大臣が中心の体制になっている現在、人出が足りなくなっているのも現実で、各大臣たちだけではうまく回しきれていない部門も散見します。 諸外国ではさまざまな肩書の大臣が存在しており、そちらを参考に我が国も閣外大臣制を取り入れねばならない状態だと言えます。

【2】合理化と審議充実を両立させる国会改革
残念ながら国会は何となく回っているように見えながら制度的な改革は未だ進んでいません。改革のポイントは、やはり審議日程の計画化です。最低でも1ヶ月分は進行計画を立て、いつどのような審議をするのか、誰がやるのかを決めておかねばなりません。
さらに、大臣たちの待機時間縮減も行う必要があります。現在の委員会配置では、出席人数と処理すべき法案のボリュームの間でバランスがとれておらず、会期末までに時間が余ってしまうようなところもあったり、逆に足りなくなったりすることもあります。
この委員会配置を見直し、部会を通して審議のやり方を変えるなどして、委員会討論の充実を図るべきです。後ほど大臣の出席を制限すべきだという提言もしますが、その代わりに参加議員同士が積極的に討論すべきなのです。
国会に関連した喫緊の課題として、一票の格差の問題も挙げねばならないでしょう。とりわけ衆議院は政府が確立する基盤ですから、この問題は重要です。
そもそも構成や権限が似通った衆参両院だからこそ、両方で一票の格差という問題が生じるのであって、それゆえ参院が必要な機能を果たせていないのではないでしょうか。衆院ができないことを参院が担うのが、本来あるべき二院制の姿でしょう。
よって、各院の役割をはっきりと分担し、特に参院の独自機能を強化すべきだとわれわれは考えます。具体的には、参院は法案については衆院にある程度任せてしまい、参院は「再考の府」としてきちんと議論をする、あるいは独自の権限を持った場にすべきだと考えます。
また、その構成についても参院は独自性を持つべきです。例えば、人口が減り続ける地方、すなわち少数者にも配慮して各地方の代表を満遍なく迎えられる形をとる必要があります。

【3】政党機能強化による有権者の参加
しっかりとした政党組織の構築、およびそのための政党法の制定も大切です。具体的には、政治資金も公私の区別をつけること、そして政党の人材育成機能が重要なポイントです。組織改正については、衆院の比例代表選挙における惜敗率という制度をやめてしまい、各党は本当に落選しては困る人を比例名簿の上位に配置することを徹底すべきです。
また、現在の政党助成金には得票率比例と議席数比例の部分がありますが、後者の分に関して言えば、既に議員の数に応じて別の補助金が出ている状態です。政党助成金は全て得票比で配分すべきでしょう。これによって、かなりの得票だったが当選者をあまり出せなかった政党にもくまなくお金が配分されます。
落選者が多く出てしまった党は、こうした助成金で落選者の生活を支援して彼らの再起を期す、というシステムが構築されたなら、政党は人材を無駄遣いせずに済むでしょう。また、選挙活動に専念するための休職を認める「立候補支援制度」をもっと多くの企業が持つという方法も有効でしょう。


【4】分権時代にふさわしい地方政治
地方政治の独自性に配慮した制度構築は、大変重要な課題です。例えば、公職選挙法は国会議員が作っているものですから、国会議員の都合だけで作られたものだと言っていいでしょう。当然地方の実情に合わない部分も生じているので、地方選挙については別立ての選挙法を作るべきです。また、市長の公約したことが、実はまだ分権されていないため実行できないということがないように、地方自治体の権限を明確にしておくことも必要になるでしょう。
また、分権時代を目指すのならば地方議会の活性化にも着手せねばなりません。今の地方議会は、(自治体行政の)邪魔をできても提案ができない仕組みになっています。積極的権限を負託されることで、地方議会はより活発に機能することでしょう。そして、とりわけ規模の小さな自治体においては、より多様な人材が議会運営に参加することが望ましいです。そこで、例えば仕事をしながらでも参加できるよう、夜間・週末に議会を開催する、あるいは専業でなくても副業、「社会構造研究」グループの発表で示された「複役」として議会に参加するのもいいかもしれません。

【5】政府における知恵の確保
政府の諮問機関にはさまざまな目的のもと結成されますが、物事を決定するために組織されるものと、そうでないものがあります。知恵を得るための諮問機関が必要になる場合は他の審議会とは組み方を変える、つまり諮問機関の役割分担と機能を明確化すべきであり、そのための法整備をした方がいいのではないでしょうか。
付随して、官僚制にも改革が必要です。最近は女性登用の機運も高まってきていますが、それだけで留まらず人材の多元化および職務の見直しを図るべきです。具体的には、一人複役が可能となるような官僚制にするということです。

これらの提言は、すべて政治を有権者に取り戻すための試みです。
その実現のためには市民教育、とりわけ政治の担い手たる大人たちへの教育が大切になります。政治について生涯勉強を続ける人は、その地位に関わらず政治的な中核層であり、そういった人が多くなればなるほど、われわれの提言は実現に近づくと言えるでしょう。


飯尾主査からの冒頭発表はこれで終了です。ここからは登壇していたメンバーから、本発表に関するコメントが述べられました。

永山治メンバー(中外製薬会長兼CEO)

「1990年代に政治改革が行なわれ、小選挙区制になったわけですけれども、必ずしも国民が期待していたような成果が上がっていません。原因のひとつとして、政党という存在の位置づけが極めて曖昧である点が挙げられます。全体で約320億円の税金が投入されている以上、政党法を整備し、人を育てるような組織として存在する必要があるのでは、と思っています。つまり、有権者と政治家の中に入っている政党とはアイデンティティがあって、党の綱領・マニフェストがあって、それを実行していく存在であるべきであり、そうであることによって有権者が自らコミットして政治に参画する時代が到来するのでしょう。」

野田三七生メンバー(情報労連中央執行委員長)

「有権者と政治家の距離感が非常に遠くなっているという感覚は皆さんお持ちではないでしょうか。先の衆院選の投票率は52.66%でした。ショッキングな数字です。投票を義務化している国々もあるので一概に比較はできませんが、OECD34ヶ国で見れば、アメリカと並んで最下位グループに位置づけられます。この不名誉な現実を重く受け止める必要があるでしょう。つまり、政治を身近なものにするための努力が不足しているのです。20代、30代の若年層とその予備群である子どもたちに対するアプローチも必要なのではないでしょうか。昨今話題になっている18歳からの選挙権については私も賛成ですが、海外においては学校教育の中で毎年模擬投票を行っている事例もあり、そういった取り組みも同時にやっていかなくてはならないでしょう。加えて、投票するための環境の整備が必要だと感じています。現状、期日前の投票は増加する傾向にあります。しかし不在者投票を含めた投票の仕組みがなかなか難しく、手間がかかるものです。来年からマイナンバー制度がスタートするので、それも利用したより簡便な仕組みづくりについても考える必要があるはずです。
『地方議員のリクルート』について、いろいろな経験、能力を持った人々が沢山いて、彼らが地方政治に参画できる仕組み作りに着手せねばならないと思っています。政治を志す方はたくさんいますが、彼らの参画を阻む最大のネックになっているのが、現在の職業との兼ね合いです。企業・官庁は休職制度も含めた制度の充実をしていくべきです。」

野中尚人メンバー(学習院大学教授)

「総理大臣の国会出席がすこし過重ではないかと考えています。この14年間、衆院への総理の出席時間を測ってみたところ、1年平均10,168分(およそ200時間弱)でした。衆院だけでこの時間です。内訳をみると本会議への出席よりも、予算委員会を中心に各種委員会への出席が多いようです。この傾向については、もう少し再考する必要があると思います。一方で、本会議の開会時間は年60時間程度でした。これはイギリスやフランスの20分の1ほどの長さでしかありません。2001年から昨年までの常任委員会における、質疑と討論のバランスの計測値もここでご紹介します。議員間の討論と質問形式の質疑と両方ありますが、議員間の討論が委員会全体の中でどれくらいあったのか算出してみたところ、暫定数字ではあるものの0.26%でした。比較対象として、フランスの国防委員会の8年分の数字を出してみると、討論は26%と、日本のほぼ100倍です。つまり、議員の間での討論が少なすぎることは明白です。これについて抜本的なイノベーションに取り組んでもらいたいと感じています。」

大橋光夫共同座長(昭和電工最高顧問)

「統治構造研究の提言の範囲は非常に多岐にわたっています。その中には法律の改正を伴うものがある一方で、与野党の合意さえ得られれば簡単にできるものもあります。日本アカデメイアの研究は2030年に向けて、と銘打たれてはいますが、2030年を待たず、できることは速やかに遂行することが最も重要だと考えています。」


以上で統治機構グループの報告は終了です。次は「日本力研究」グループの発表です。