第4グループ【社会構造研究】

第1部:長期ビジョン研究会・グループ報告発表会

2015年2月5日(木)に開催された日本アカデメイア主催「アカデメイア・フォーラム」。
経済界・労働界・学界・官僚・政治家といった組織の枠を越えて有志が集い、2030年を見据えた日本の長期ビジョンについて「日本力」「国際問題」「価値創造経済」「社会構造」「統治構造」をテーマにした5つの研究会が重ねてきた議論の成果を発表。その後、アカデメイアのメンバーによる問題提起を受けて会場に集まった参加者たちが闊達な意見交流が行なわれ、全体を通じて将来の日本を担う若者たちへのメッセージが随所に散りばめられた会合になりました。

以下はその一部、社会構造研究グループによる発表です。


冒頭の発表は玄田有史主査(東京大学教授)がグループを代表して行ないます。

社会構造研究グループでは、

1. 社会構造を立て直すには、何を再構築もしくは新たに創造すべきか?

2. 向かうべき方向性および到達点として、何を具体的に目標にすべきか?

3. 目標の実現に向けて、国、自治体、企業、組合、個人は、いかなる責任を果たし、何を実行すべきか?

という3つの問いを起点に、2年間にわたって議論してまいりました。

当グループの問題意識におけるキーワードは「信頼」です。
いま、国内外のさまざまなところで「信頼」というものが揺らいでいる、ときには崩れてしまっているのではないでしょうか。この「信頼」の構築こそが重要だと考え、そのためには、徹底的に「語り合うこと」、つまり人々がお互いの何を、どのように信頼するのかを徹底的に語り合うべきではないのかと考えました。

私たちの目指すべき社会の姿とはどんなものであるべきでしょうか。
それは、自身と他者の両方を信じることのできる、そしてお互いの責任と権利を理解し合える社会です。これはすなわち、情と理の両方を兼ね備えた、重層的な信頼社会であります。 重層的な信頼社会とは、まず各々が自分を信じて立つことができ、同時にお互いを信じて認め合っていて、その上で新しい価値を創造できる人々の集合体、いわば「信立・信認・信創」という3つの概念が重層的に組み合わさることで形成される社会なのです。

ではこの「信頼社会」創出のために必要なことは何でしょうか。
これまでの社会は「主義の時代」伝統主義、革新主義、資本主義、社会主義といった「主義」に基づいていると言えますが、そのような時代から、今は徐々に「個の時代」へと変化しています。
「個の時代」は、それぞれの個性が活かされるという素晴らしい面を持つと同時に、それぞれが離れ離れになり孤立してしまい、結果的には社会が分裂・崩壊する懸念も孕んでいるのです。 そんな「個の時代」の中では個と個をつなぐ人材が求められます。そのような人材のことを、われわれは「21世紀型中核人材」と名づけました。では「21世紀型中核人材」とはどのような人々なのでしょう。

それは、個人の状況や全体を見渡すことのできる「複眼力」。
みんなが活発な議論をしたくなる場所を創り出せる、公文俊平先生の言葉を借りて言うところの「智業力」。
さらに、議論を経た上で参加と行動を促す「行動力」。
これら「複眼力」「智業力」「行動力」を身につけた人を、私たちは「21世紀型中核人材」と定義しました。

彼ら「21世紀型中核人材」の存在をきっかけに、誰もが異なる立場や考えを深く理解する。役割を率先して協働する機会を広げていくことができたならば、一人ひとりが複数の役割を共有することで各自の持ち場で努力する他者との間に責任と権利を認め合う信頼社会が作られることでしょう。そのような信頼社会を、われわれは次のような言葉で表現したいと思います。

「全員複役社会(ぜんいんふくやくしゃかい)」

「全員複役社会」とは、誰もが複数の役割に取り組むことで、異なる立場を共感・理解し合える多様性社会です。
例えば、まず個人Aは自分の役割Xを全うしている、としましょう。同時に別の個人Bも自分の役割Yを全うしています。ここでAが役割Yを、そしてBが役割Xを、それぞれがお互いの役割を「複役」として担っていきます。それによって、お互いについて真の意味での理解が生まれ、信頼関係が創造されるのです。
人々は、ひとつのことに取り組むことで得られる幸せに加え、いろいろなことを複役としてやることによって、乗数的に幸福感を高めていくことができます。これが新しい社会のつながりを生んで、イノベーションに繋がるものと考えられます。いわば複役は明るく楽しい挑戦なのです。
また全員複役社会においては、突然に一役を失ってしまったときにも別の役割があるので、安心や心の拠り所が確保されます。さらに、人口減少社会の中でみんなが複役を担うことによって、各々が足りていない部分を補い合うこともできるでしょう。役割がまったくない人や、あまりにも多くの役割を担っている人の間で役割を公正に分配することも可能になるでしょう。
ここからは全員複役社会実現のための、いくつかの提言の発表です。

【1】複線・互換型初等中等教育
まずは教育です。今までの初等中等教育で活かすべき点は活かしながら、より柔軟な教育システムを考えていかねばなりません。
例えば、子どもたちが数ヶ月単位の長期にわたって共同生活をしながら、いろいろな役割をお互いに担い合うことによって、人間としての価値を高めていけるシステムを「複線・互換型初等中等教育」とします。そこでは学校だけが教育の責任を背負うのではなく、保護者や地域住民、そして生徒同士が教え合い、学び合う環境作りが必要だと考えます。

【2】両方やってこそ一人前の大学教育
「文系・理系」あるいは「専門・教養」といった二分法はやめて、両方やってこそ当たり前なのだという考え方を広めていかねばなりません。さらに、異文化との遭遇が新しい文化を創造していくという考えのもと、日本の価値を知るために、大学教育の過程で皆が第二のネイティブを養うべきでもあります。
また、今までのようにひとつの学位を取るだけで安心するのではなく、生涯にわたって複数の学位を得ていくことが、新しい価値を作る礎になるでしょう。そのためには、お金はなくても学べるよう、給付型奨学金も拡充する必要があります。

【3】複役推進型雇用システム
雇用システムに対してもメスを入れねばなりません。組織か個人か、仕事か家庭か、といった選択を強いられる状況から脱却する必要があります。仕事も家庭も、組織でも個人でも、複役社会実現のため、企業は採用基準を多様化させ、有給休暇を取得しやすくして積極的に複役にチャレンジできるような環境を作る必要があります。兼業の機会の拡大を促すため、法律の整備も重要でしょう。

【4】複数地域社会への貢献拡大
全員複役社会では、現在の居住地に加えてもうひとつの「心寄せる地域」を持ち、両方での生活が当たり前になるでしょう。そこで、例えば「準市民」といった新しい概念・制度を作って、地方政治や行政へ参画する機会を広げていくことが求められます。また、各地域で21世紀型中核人材のネットワークも作っていくことも必要になるでしょう。

【5】「生涯現役+全員複役」社会
私たちは生涯現役と全員複役、その両方を実現した社会を作らねばなりません。そのために、全員参加型社会をますます推進していく必要があります。 また、人々の潜在的な可能性を引き出すような社会政策も求められるでしょう。これはつまり、地域に希望を持って、その希望の実現のために行動する人を増やしていくことです。彼ら「希望活動人口」は、私たちの推定では全人口の4%程度ですが、これを倍増させたいところです。これは、人口減少社会の中で地域が元気になるための重要な取り組みだと言えます。

本発表のまとめとして、情と理を兼ね備えた、重層的な信頼社会を作っていくべきだということを、ここで改めて主張します。
そして、そのためのカギを握るのは「複眼力・智業力・行動力」を兼ね備えた、21世紀型中核人材です。そして、彼らの登場をきっかけにして、異なる立場を共感・理解し合える多様性社会としての「全員複役社会」は、これら5つの提言を着実に遂行できれば、必ずや2030年に実現できることでしょう。


玄田主査の発表はここで終了し、続いてグループのメンバーが発表に関してコメントを寄せます。

清家篤共同座長(慶應義塾長)

「21世紀の話をするときに19世紀の話題で恐縮なのですが、福沢諭吉が慶應義塾を創立したときに『半学半教』という仕組みが謳われました。これは、塾生は自分の得意なことは他の塾生に教え、また他の得意分野を持つ塾生から教わる。つまり塾生は生徒であり教師でもある、ということです。全員複役社会というのは、社会全体がこの半学半教の社会になっていくことなのではないでしょうか。皆が自分の得意なことを論理と実証で他の人に説得し、他の人からも論理と実証で説得されていく中で、新しい信頼が築かれていくという意味では、社会全体が半学半教であり、それが私なりの全員複役社会のイメージです。」

有富慶二メンバー(ヤマト福祉財団理事長)

「ヤマト福祉財団は、障害者支援に力点を絞って活動しております。この活動を通じて、障害者を取り巻く2点の課題を解決したいと考えています。ひとつは障害者の働く場が少ないということ。そしてもうひとつが、障害者の人たちの収入が少ないということです。現在、障害者の方々の年収は障害者年金を含めても平均約90万円くらいです。彼らは社会福祉法人などで働いていることが多いのですが、適齢で働ける人のうち数%しか就業できていません。この事態の原因は、障害者施設の管理者が経営マインドを持っていないことにあります。逆に、企業の経営者たちは障害者のことをあまりよくわかっていないのが実情でしょう。全員複役社会になったならば、経営マインドを持った障害者施設が現れてくれるのでは、と期待しています。」

加賀見俊夫メンバー(オリエンタルランド会長兼CEO)

「このグループでかなり研究を重ねてきましたが、やはり『信頼社会を作る』と言葉では簡単ですが、実際はかなり困難な道のりになるでしょう。だからこそ、われわれ含め参加者の皆さんには、相反するお互い認め合う、信頼社会のリーダーとしてぜひ活動してほしいです。」

相原康伸メンバー(自動車総連会長)

「社会とはひとりひとりの意識と行動によって形作られるものだと思っています。非常に難解なテーマかもしれませんが、この提言がすとんとお腹に落ちる、というよりは、じわじわと皆さんの心に広がるようなものであってほしいと願っています。」

坂本達哉メンバー(日立労働組合中央執行委員長)

「今『おひとりさま世帯』がずいぶん増えている社会にあって、なかなか社会参画できていない層がずいぶん増えていると感じています。社会と関わりを持たず、閉じた社会を生きている人が増えています。しからば、そういう人を社会に巻き込んで、迎え入れ、複役で活躍できるような場、いわゆる『生きる価値』が見いだせる社会に目を向けて活動することが大事なのです。」

黒田武一郎メンバー(内閣官房副長官補付内閣審議官)

「信頼・複役社会の構築というキーワードは、特に団塊の世代あるいは都市部のサラリーマンに対してインパクトのあるメッセージなのではと考えております。どんなに猛烈に働いても、退職後に数十年もの時間が残されるこの時代、常に自分の立ち位置や役回りといったものへの意識を複眼的に持ち続けることは極めて重要だと思います。特に今年は戦後70年、財政健全化目標の中間年でもありますし、東日本大震災からの集中復興期間の最終年度、あるいは阪神淡路大震災から20年、さらには平成の大合併から5年と、いろいろな意味で節目の年になっています。地方創生も2060年を目標に動き出しています。今回の議論のテーマは2030年に向けた提言ですが、まずは5年後、東京オリンピック・パラリンピックの頃の景色をよく見据えて、この5年間に全力を投入していくことが重要だと感じています。」

村上陽子メンバー(連合非正規労働センター総合局長)

「この2年間、たいへん密度の濃い時間を過ごさせていただきました。立場も世代もバックボーンも越えて本音の議論をさせて頂き、言葉の大切さ、語り合うこと・理解し合うこと・対話することの大切さを痛感し、今後の運動に活かしていこうと思いました。」

駒村康平メンバー(慶応義塾大学教授)

「多様な価値観を持った人たちが信頼関係を醸成する、というのはそれぞれが複数の役割を経験していなければ成り立ちません。そして、生涯現役・全員複役というのは、細く長い人生でも、太く短い人生でもなく、太く長い人生を送れるように社会基盤を整備しましょう、というメッセージだと捉えていただきたい。」

宇野重規メンバー(東京大学教授))

「高度経済成長期に作られた日本の仕組みや制度は、日本の富であると同時に桎梏であると思っております。今や私たちは新しい生き方、新しい働き方を作り出さねばならない、それがわれわれのテーマでした。キーワードは、まずは中核層・中核人材です。彼らは必ずしもリーダーではありません。それは現場の実践知を持ち、持ち場の責任感を持ったひとです。こういった中核的人材を大切にすることが最も重要である、とわれわれは考えます。そして、彼らが活躍する基盤が信頼社会であり、そのための仕組みをわれわれは提案させていただいた次第です。」


以上のように各メンバーが意見を発言したところで社会構造研究の発表は全て終了しました。

次は「統治構造研究」グループの発表です。